歪なコイゴコロ 香織編


「ねえ、私、好きな人ができたのよ
「姉さんが? すごい。ね、相手は誰?」
「あなたも知ってる人よ」
「とても大切な人?」
「ええ――あなたと同じくらいにね」

私は、一階のリビングで、あの人と一緒に妹を待っていた。
隣では、あの人が紅茶を飲んでいる。
誰よりも一番大切な、愛しい人。
私と、理奈の無理なお願いを聞いてくれた優しい人。
双子の私と理奈は、同じ人を好きになってしまった。
どちらも譲れないから、二人であの人に告白をしたのよ。
普通なら、ありえないことだわ。二人と付き合うなんて、二股みたいじゃない。
でも、あの人は受け入れてくれた。とても心の広い人。
私も理奈もとても大喜びしたわ……あの時は、すごく嬉しかった。
だけど……いくら私の可愛い妹でも、あの人を待たせるのは納得行かないわ。
リビングを出て、階段の下までいくと、私は大きな声で呼びかけた。
部屋の中で出かける準備をしている、理奈へ届くように。
すると、もうちょっと待ってー、という元気な返事が返ってきた。
あの人の元へ戻りながらも、妹のことを考えていた。
私達は、双子の姉妹。私が香織で、妹が理奈。
一卵性双生児だけあって、顔のつくりは驚くほど似ていて。
それは私達の両親がうっかりすると、間違えてしまうほどに。
今でも、あのばつの悪そうな表情は、思い浮かべる事が出来るわ。
思い浮かべるだけで、もう見る事は叶わないのだけれど。
でも、寂しくなんかないわ。理奈を残してくれたもの。
唯一無二の、双子の妹という存在を。
理奈は、活発で元気が良くて、健康的。肌なんかは、とてもいい小麦色。
運動が好きだから、適度にしなやかな筋肉がついているの。
それに比べて、私は色白で不健康な外見。体もあまり丈夫ではないし。
動き回りたくても、あまり動けないのよ。
妹はよく、私の事を羨ましいというけれど。
私から見れば、理奈の方が羨ましいわ。
お互いが足りない物を持っているのね、双子って。
なんだか、とっても不思議だわ。
二人という心強さ。今は――あの人もいれて、三人ね。
最愛の人や、大切な妹と一緒にいられる。
こんなに幸福な事ってあるかしら?
幸せに浸っていると、理奈が勢いよく、階段を駆け下りてきた。

夏の日差しは、じりじりと焼け付くよう。
私達は、近くのショッピングモールへと買い物に来ていた。
デートとも言うかもしれないわ。
あの人の右腕は私が、左腕は理奈が掴んでいる。
ちゃんと、私達二人の歩くスピードに合わせてくれる、あの人。
日焼け防止の、日傘越しに感じる柔らかな光。
その光の中を愛しい人達と歩く。
それだけで、幸福だわ。
「あ、あれ可愛いなー」
妹が何か見つけたのか、一軒の雑貨屋に近づいていく。
私とあの人も、つられてぐいぐいと引っ張られていく。
あまりにも、あの人がふらついているので、私は腕を掴んでいる手を離した。
転んだりしたら、大変だもの。
妹は一つの前にして、面白い行動をとっていた。
あの人に向かって、両手を合わせているわ……拝んでるのかしら……
あ――買って欲しいのかしら。
ほら、あの人が驚いているじゃない。
吃驚した顔のあの人を見て、私も思わずクスクスと笑ってしまった。
小さな薔薇十字の付いた、ネックレス。クロスには……ルビーが付いているわ。
値段を見てみたけれど、そんなに高い値段ではなくて。
お小遣いはちゃんと上げているけれど……あぁ、そうね。
あの人に買ってもらうことに、意味があるのよね。
でも、そんなに急がなくても、ネックレスは逃げないわよ?
店に引きずり込まれていく、あの人を見ながら思ったのは。
私も後で、何か買ってもらおうかしら?

私は自室で一人、頭を抱えていた。
ああ……頭がズキズキするわ。それに、眩暈もするみたい。
私は一昨日あった出来事を考えていた。
愛しいあの人が、見知らぬ女と一緒に食事をしていた。
とても――楽しそうな笑顔で。私の、知らない表情で。
どうして、あの人があそこに。何故?
何で、他の女と楽しそうにしていたのかしら?
快活そうで、よく日焼けした……そう、妹みたいな。
でも、あれは妹じゃないわ。そんな事、判りきっているの。
見た瞬間、心臓が凍りつくようだったわ。ほら、まだ頭が痛いもの。
あれから数日経っているというのに。
あんなモノ見たからよ。
私達に向けるのとは、まったく別の種類の笑顔。
私達に見せるのよりも、もっと愛情に満ち溢れた表情。
私……あの人のそんな顔見たこと無いわ……
嫌よ。そんなのは嫌よ。そんなの、許すわけないでしょう。

ソンナ エガオヲ ミセナイデ!

あの女。憎い、憎い女。
私達から、あの人を奪った女。女狐め。
ねぇ、私達に何が足りないの? 魅力? 何なの? 教えて。
あの人の隣は、私達ではいけないの?
愛しい、大切な人と共にいたいと思ってはいけないの?
私は、我侭?
止め処なく浮かぶ疑問に、頭を抱えていた時。
部屋の扉が控えめにノックされた。
扉を開けると、そこには理奈が立っていた。
私は、部屋の中へ妹を招きいれた。
「姉さん、ちょっと話あるんだけど、いい?」
「……あの人の事かしら?」
「うん」
「私、今でも信じられないの。幻だったんじゃないかって思うのよ」
「あたしもそう思いたいけど……確かに、あれは彼だったよ。判るでしょ?」
「もちろんよ。だから、イラつくの。見間違えるわけないわ」
「どうしたらいいのかな。あたしね、女の人……殺してやりたいって思った」
「私も憎いわ。殺してやりたいほどね。でも、女を殺してもどうにもならないわ」
「じゃあ……どうするの? 彼を、殺すの……?」
「そんな事、私は嫌よ」
「あたしだって。でも、そうしないと、彼はまたあの笑顔を誰かに向けちゃうよ」
「私達には、決して見せてくれない笑顔を?」
「うん。あぁ、もう。どうすればいいのかな」
「私ね、あの人に聞いてみようと思うの。正直だから、きっと答えてくれるわ」
「納得のいく答えを?」
「ええ」
「納得のいく答えって何なのかな」
「ただの、友達とかよ。仕事仲間とかね」
「あたしはそれでも、納得いかないな。騙されてるみたいで嫌だ」
「あの人を、信じるしかないのよ」
「姉さん、あのね。最初は、付き合えただけで、とても嬉しかったんだ。でもね、
 そのうち、あたしだけ見て欲しいって思うようになったの。欲張りかな……」
「それは私も同じよ。私だけ見て欲しい、他の人なんか見ないでってね」
「あたし達の願いは一緒。どうすればいいかな?」
「今はまだ、判らないわ。あの人に、聞いてみないと」

私の愛を、受け止めてください。
決して、裏切らないで。

私はキッチンで晩御飯を作っていた。
炒められた食材は、こんがりと、いい色になっている。
フライパンの火を止めて、理奈の所に持っていく。
私、自分で言うのもなんだけれど、料理上手ね。軽い自己陶酔かしら。
さぁ、あの人も待ってるわ。運ばなきゃ。
三人で食べる、晩御飯。
どんな料理でも、美味しいに決まってるわ。
あら、あの人ったら。
私は思わず微笑ましい気持ちになってしまった。
急いで食べすぎよ。零してしまってるじゃない。
理奈が素早く、零れたものを拭き取っている。
――? あの人の口に何か付いていたのかしら。何か、むしってるわ。
面倒がいい妹を持つと、幸せね。
それよりも……さっきから、ブンブンと虫がうるさいわね。
「ねえ、さっきから蝿が多くない?」
「そう? あたしは、あんまり気にならないなあ」
確かに、そうかもしれないわね。
あの人と、理奈と一緒にいる事に比べれば、大した事じゃないわよね。
でも、蝿が止まると、体が痒いのよね……ま、あの人にも止まったわ。
しっしと手を振って、蝿を追い払う。
あ、蝿といえば。
「理奈、この間ね? 近所のおばさんから、苦情が来たのだけど……心当たりある?」
どんな苦情? と妹が聞いてきた。
「何でも、お肉が腐ったような臭いがするんですって。そんな臭いするかしら……」
「えぇ? 冷蔵庫は平気だし、生ゴミもちゃんと捨ててるよ?」
やっぱり、おばさんの気のせいよね。気のせいよ、というと、妹はまた食事を再開した。
私の首には、サファイアの薔薇。妹の首には、ルビーの薔薇。
あの人の首には、アメジストの薔薇。
二人で、あの人の色になる。
三人でお揃いなんて、素晴らしいわ!
ずっと一緒にいられるなんて――
私、今が最高に幸福よ。


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